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若さとは無限の可能性なり

私は昨年20歳になりました。昨日111日晴れて成人式に出席しました。出席した小学校、中学校の同級生の半分以上は恥ずかしいことに成人式をふざけ半分のセレモニーと思っているようでした。私のように厳粛な思いで出席している人にとって大変迷惑な思いをしました。一緒に出席した大学の同級生は成人したからと言って日常が変わるわけでもないし、ましてや未来が変わるわけではないので仕方ないのではと言っていました。

こぶ爺は成人式にはどんな心境で出席したのか、教えて下さい。

(神奈川 私立大学生 20歳 男性)

 

 成人式を迎えられ大変おめでとうございます。法律上は満20歳を以て大人となります。中には運転免許、婚姻(男性)等は18歳をもって大人としての取扱いを受けます。今年は選挙権が18歳以上となりました。20歳と言っても人それぞれで特に精神年齢には大きな開きがあります。こぶ爺は最近の若者を見ていてここ10年程幼児(稚)化、外見上中性化(男性だか女性だかわからない)しているように思えてなりません。大変憂いております。全国各地の成人式の様子をテレビで拝見しておりますとテレビ局の演出なのでしょうが、バカ騒ぎを中心に中継しているようです。

20歳とは言え半数はやはり子供、オチョコチョイの悪ふざけをするようです。

(普段はおとなしい子供なのでしょうか)貴方のような真面目な新成人から見れば腹立たしい思いをするのでしょう。しかしこぶ爺のように半世紀前は貴方の思うような厳粛な畏まった固い成人式でした。当時は悪ふざけするような人はもともと成人式には出席しなかったのでしょう。成人式に着てくるものも女性で着物を着てくる人はほんの23割あとは普段着でした。男性は大学生は学生服でした。今は成人式というより七五三のようです。

冠婚葬祭の冠が成人式です。昔は元服といっていたようです。ところで全国の成人式もいろいろあるようです。会津の半成人(10歳)、横須賀の30歳の成人式、80歳の成人式というのもあるようです。いくつであっても自覚をもって前に進んでほしいものです。こぶ爺は建築学科の学生でしたので早く有名な建築家になりたいと思ってましたが、夢破れ今日の姿になっております。しかし20歳の時に夢を持っていたからこそ今日までやってこれたと思っております。

貴方の友人のように成人したからと言って日常が変わるわけでもないし、未来が変わるわけではないというような虚無的な20歳がいることは何か哀しい思いがします。人生漫然と過ごしていては何も変わりません。自分が変わらなければ世の中は変わりません。学ぶこと、考えること、そして遊ぶこと学べば学ぶほど、遊べば遊ぶ程社会を知ることができます。芥川賞受賞作家である石原慎太郎さんはこぶ爺の若い時青年の樹という本を書きました。その頃でしたでしょうか若さとは無限の可能性であると喝破。当時の若い世代に人気を博していました。また、経営学者トム・ピーター氏は改革の扉は内外からしか開かないとも言っております。こぶ爺は毎年いくつになっても成人式は来るものと思っております。若いということはやれることがあふれているということです。

新成人の皆さんも、

こぶ爺のように!  (1.15

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